目の前にある業務に励んでいるとき、どういったマインドで挑んでいるのか。
最近、よくスタッフにも伝えているが、ボクが強く意識しているのは「仕事」と「タスク」の違いである。
どんなに上から落とされたもので、それが理不尽だと感じるようなものであっても、「タスク」をこなすのではなく、「仕事」をしよう、と。
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「タスク」をこなすということ
「タスク」をこなす、というのは、簡潔にいうならば、決まったやり方、言われたやり方に沿って淡々と業務をこなす、ということである。
それはヒエラルキー型組織において、マイクロマネジメントを行っている場合の、スタッフに対する業務アサインのやり方としては正である。
そして、スタッフにとって、楽なのは、そこに思考は必要ない。
「仕事」をするということ
「タスク」をこなすのではなく、「仕事」をする、の違いはここにある。
「仕事」という言葉の語源を辿ると「事を為す」からきているという。「事を為す」から「為事」、それが転じて「仕事」となった。
「事を為す」とは、つまり、「タスク」以上の何か大きな「事」を成し遂げるためにやるのが「仕事」である、ということだ。
つまり、「仕事」をする、ということは、「事」を為すために何が最適かを考え、例えば、効率化をするとか、より効果的な手法に変えるとか、自身に決裁権がなければそれを提案するとか、そういうことまで含めて行うことなのである。
どんなに上から落とされたもので、それが理不尽だと感じるようなものであっても、ただただ「タスク」をこなすだけでは、価値はない。
それを「仕事」として捉え、その「タスク」の裏にある目的を意識して、そこに到達するために行うべきことを考えて、その「タスク」をこなす以上にすべきことを行うことが、「仕事」をする、ということである。
「タスク」をこなすのではなく、「仕事」をしよう
上司から言われたことをそのままにやるのは「タスク」であり、そこにはただ淡々とやることのみが価値である。
しかし、「仕事」をしている人間の価値は、目の前の「タスク」をこなすことによって、「事」を為すことにある。
淡々とやろうが、情熱的にやろうが、ブルドーザーのように邁進しようが、「事」を為すことが「仕事」なのである。
さあ、いますぐ意識を変えて、「仕事」をしよう。
すべてにおいてWHYを自ら考え、自ら設定し、そのうえで、自らなにをすべきかを意識して、業務に励むことでこそ、世の中に価値を提供できるのだ。