スタートアップ界隈を外からみると、まるでスタートアップで働くことや起業をすることがすごくキラキラしたものにみえている風潮を感じます。大企業は誰かが引いたレールであり、そこに乗るのではなく、自分で道を切り開きたいから起業をするんだという声も多々聞きます。
果たして、スタートアップは本当にキラキラとしたものなのでしょうか。大企業は誰かの引いたレールの上でしか歩けないのでしょうか。
そこには情報格差が存在し、情報弱者が正しい判断ができない構図があるように思えます。正しい判断をするために、客観的に比較してみたいと思います。
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大企業を誰かが引いたレールというならば、起業も誰かが引いたレールである
起業がキラキラみえるのは、何故でしょうか。本当にキラキラしているのでしょうか。キラキラしているようにみえる人は、本当に自分の目で確かめて、そのうえでキラキラしている、と判断しているのでしょうか。
おそらく、ほとんどの方は自分の目で確かめたのではなく、誰かの声をメディアやブログ、ソーシャルメディアなどを通して、見たように思っているだけではないでしょうか。そう、つまり、スタートアップがキラキラみえるのは、そうみせようとしている人がいるからなのだ、ということです。それをまず理解すべきです。
そうみせようとしているのは誰でしょうか。
それはベンチャーキャピタルなどの投資家や、スタートアップ系のWebメディアにいる人たちです。彼らは彼らの経済原理にもとづいて、スタートアップや起業をキラキラしたものに見せているのです。
投資家はマネーゲームをしています。これから伸びるである企業にべットすることで、大きなリターンを得るのです。べット対象がいなければビジネスをすることはできません。また、彼らはスタートアップの成功確率が低いことを理解していますから、その挑戦者の母数が多ければ多いほど、彼らがリターンを得る可能性は高まるのです。
Webメディアはとりあげる対象が多ければ多いほど、そこに人が集まり、ビジネスが回るのです。
大企業を誰かが引いたレールの上を歩くというのであれば、彼らの経済原理を知らない人からみれば、起業も彼らが引いたレールの上を歩くことと同義なのです。
底なし沼に飛び込むのか、ぬるま湯に浸かるのか
起業とは、底なし沼に飛び込むことである
キラキラ見せられているスタートアップも、起業も、表面がキラキラしているだけだということは改めて理解しましょう。
成功している人たちのことは、メディアでよく目にすることがあるでしょう。だからキラキラしているように見えるのです。その裏に、ごまんと失敗している人たちがいます。1人の成功者の裏に少なくとも9人の挫折者たちがいるのです。キラキラしているように見せられていて、その失敗者たちのことは隠されているのです。
起業やスタートアップは、真っ暗の底なし沼の中で、あると噂されている宝石を手探りでさがすようなものです。本当はないかもしれないものを探しに飛び込まなければならないのです。
そのことを覆い隠され、表面がキラキラ光っていて、あたかもそこは澄んだ湖のように見せかけているのが、投資家やスタートアップ系Webメディアなのです。
それに騙されて飛び込むことが引かれたレールなのです。それをきちんと理解しなければ、まさに引かれたレールの通りにそこが底なし沼だとは知らずに飛び込むことになってしまいます。
大企業への就職とは、ぬるま湯に浸かることである
一方、だからといって、リスクをとらずに大企業に就職しようぜ、ということではありません。
大企業への就職は、すごくキレイに整備され、維持されている温泉に浸かるようなことなのです。ドロドロになるリスクはありませんが、宝石を見つけられるチャンスもありません。しかし、快適に温泉につかることはできます。
ですが、この温泉は38度しかなのです。入った瞬間は少しぬるくて物足りなさを感じるでしょう。刺激は少ないでしょう。
しかし、しばらく使っている間に、感覚順応しそれが快適になってきます。少し外に出ようかなと思って出てみると、外気が寒くて出たくなくなり、すぐぬるま湯の中へと戻ることでしょう。
こうして、快適な(だと入っている人だけが感じている)ぬるま湯に浸かり続け、リスクをとることを恐れ、そのぬるま湯を維持することだけに精を出す、いわゆる大企業的サラリーマンが完成します。
成長意欲もなく、外の世界を知ろうともせず、温泉の温度をあげようともせず、ただただぬるま湯に浸かり続け、そのぬるま湯を維持し続けようとするのです。
起業も、大企業への就職も、リスクがあると理解する
どちらも誰かが引いたレールにそって進むということを意味するのであれば、そのレールの先には、どちらもリスクがある、ということをまず理解すべきです。
起業でのリスクが底なし沼に飲まれてしまうことです。それは、社会的信用の損失や借金といったものです。
大企業でのリスクは搾取される存在であり続けることです。歯車になってしまうということです。そして、そうであることを考えない存在になるということです。
起業も、大企業への就職も、パッションを実現するための手段であると理解する
正しいレールの踏み外し方とはいかなるものでしょうか?
それは、自身が実現したいパッションをとにかくすべての判断の軸におき、それを実現するための手段として、正しく起業と大企業への就職を比較することです。
起業とは、自らのパッションだけを実現するためだけにただひたすらに突っ走ることができるメリットがあります。しかし、すべての足かせがないのと同時に、すべてのことを自前でこなさなければならないというデメリットがそこには存在します。
逆に大企業への就職であれば、自らのパッションを実現するために活用できるリソースやお金、ブランドがあります。しかし、すでに動いているビジネスがある以上、そこには大企業ならではの論理があります。ただ、そのパッションを実現することのためだけに動くことはできません。
どちらの手段にもメリット、デメリットが存在します。そのどちらをとるべきか、は、当然、実現したいパッションによって異なります。
例えば、パッションを実現するために最適な手段がWebメディアなのであれば、必要なリソースはほとんどありません。そこで必要なのはスピードです。これは大企業よりも、起業を選択したほうがよいでしょう。
例えば、お菓子をつくり、一般大衆に販売したいのであれば、これは大企業のほうがいいでしょう。安全な製品を大量に生産するためには、非常に大きな初期投資がかかります。これはスタートアップでは歯がたちません。
起業か、大企業への就職かのいずれかという極端な選択肢をとる必要もないのです。起業をして大企業とアライアンスを組むことも可能ですし、大企業に就職してスタートアップと取り組むことも可能です。
いずれにしても、自身がなにを実現したいのかというパッションを明確にし、それを実現するための手段として、起業か大企業への就職かを選択することこそが、正しいレールの踏み外し方なのです。