成功体験と失敗体験

ざっくりまとめると。。。
  • 自ら失敗し失敗し失敗し続けた方が、その後の成功の糧になる
  • 仮説は成功の父。失敗は成功の母
  • 良い仮説と良い失敗が、成功のために必要

他者の成功体験は、大抵役に立ちません。

成功体験は、生存バイアスのかかった「成果」だけに単純化されたいわば自慢話です。

モチベーションをあげるためには良いかもしれませんが、それをインサイトとして捉えると見誤ります。成功体験にインサイトはないと言いきっても過言ではありません。

他者の失敗体験は、概ね役に立ちます。

失敗体験は時として笑い話で話されます。

それを笑い話として面白おかしく受け取ってるだけではインサイトとはなりえませんが、そこで起きたプロセスからは学びはあります。失敗は科学できます。

再現性が非常に高いため、同じ失敗を避ける方法が学べます。

自己の成功体験は、少しだけ役に立ちますが、足枷にもなります。

成功したという成果だけに単純化しなければ、他者の成功体験とは違い成功の裏にある苦労が実体験としてあるため、そのプロセスから学べば役に立ちます

成功を自分なりに再現性のある仕組み化をすることができれば、それはそのまま企業のオペレーションとして成功し続けるためのメソッドとして形式知化できます。

が、同時に自己の体験であるために、生存バイアスに大きく影響されてしまい足枷になる可能性も高くなります。それに引き摺られ、外部環境の変化に気づけなければ、その足枷は死にすら直結するものになりかねません。

自己の失敗体験は、十二分に役に立ちます。

ハードシングスは乗り越えられれば、その起伏のプロセスを感情とともに記憶するでしょう。乗り越えなければ、その悔しさとともになおのこと記憶に残るでしょう。

科学し、再現性のある仕組み化を行うために必要なのは、プロセスの棚卸です。どういう思考をし、どういう行動を行なったために、どういう結果になったのか。

成功した場合、何が故に成功したのかは特定しにくいですが、失敗は、原因の特定がそれよりもしやすいです。また、失敗体験は、その棚卸のための材料が豊富で、かつ記憶も生々しく残るために形式知化をしていくのに、失敗体験は有効であり、インサイトを得やすいのです。

他人の話を聞くことは無意味ではありません。本質を捉える力があれば十分役に立地ます。
しかしそれ以上に、自ら失敗し失敗し失敗し続けた方が、その後の成功の糧になります。

仮説は成功の父。失敗は成功の母。
良い仮説と良い失敗が、成功のために必要なのです。