「若いうちの苦労は買ってでもしろ」は、「体力のあるうちに物量をこなせ」ということ

「若いうちの苦労は買ってでもしろ」

年齢がより上の世代の上司や先輩から、こんな意見を聞いた方は多いと思います。

ホリエモンが寿司屋の「飯炊き3年、握り8年」の伝統に対して、「今時、イケてる寿司屋はそんな悠長な修行しねーよ。センスの方が大事」「そんな事覚えんのに何年もかかる奴が馬鹿って事だよボケ」という発言をして話題にもなりました。

より若い世代であればあるほど「苦労」よりも「効率」を重視する志向があるのはそのとおりだと思います。ボクもその志向は持っています。

「効率的に学べる」ことに関しては「苦労」は無駄であると思いますが、本稿ではあえて「若いうちの苦労は買ってでもしろ」論を展開したいと思います。

ざっくりまとめると…

  • 質の判断ができないのであれば、量で勝負する
  • 量をこなすためには体力のある若いうちがいい
  • 「若いうちの苦労は買ってでもしろ」はある局面において正しい

量は質を凌駕する

「効率的に学べない」環境にあるときは、量を取り込むべきです。

効率的に学ぶ、つまり質を追い求めるためには、判断基準が必要となります。

この判断基準さえあれば「効率的に学べる」ので、「若いうちの苦労は買ってでもしろ」をする必要はありません。

ですが、若ければ若いほど、そして未知の領域であればあるほど、質の判断ができないわけですから、取捨選択をせず、量をとにかくこなしたほうがよいわけです。

判断基準は多くの試行錯誤のなかでしか得ることはできません

兎にも角にも量をこなす。これがすべての成長の第一歩となるのです。

物量をこなすなら体力のある若いうちのほうがいい

当然、量をこなすためには時間が必要で、時間をかけるためには体力が必要となります

しかし、年齢を重ねるにつれ、体力はなくなっていきます。

個人的感覚ではありますが、30歳をこえるととたんに体力がなくなります。徹夜でもしようものなら、数日その疲れをひきずってしまいます。

若ければ極端な話、数日の徹夜など物ともしません。ボクも20代は毎日のように会社に泊まり込んでとにかく物量の作業をこなしていました。

とにもかくにも、物量をこなすなら体力のある若いうちのほうがいいわけです。

物量をこなすと自信に繋がる

また、物量をこなすと、副産物として「自信」がつきます

端的にいえば、その後どんな苦労に直面しても、「あんだけ辛い状況を乗り越えたのだから、自分ならできる」と思える自信です。

これがあれば、年をとってから「諦めの悪さ」を発揮することができます。「自分はまだいけるはずだ!」と思えるわけです。

もちろん年をとってしまうと、体力がそれについてくるわけではありませんが、体力的に厳しい状況になっても、乗り越えられるマインドが身についているので、ちょっとやそっとじゃへこたれなくなります。

閑話休題:筋トレやランニングは超大事

新しい領域に挑戦するなら、最初はやはり物量です。それは年をとってからも一緒だと思います。

しかし、体力の無さがネックとなって、「若いものに負ける」という状況が出てくるのも確か。

だから、筋トレやランニングをして、体力をつけていつでも物量がこなせるようにしておくのも、セルフマネージメントとして重要になるわけです。

まとめ

効率的にこなせるノウハウがあるのであれば、若いうちだろうが「無駄な苦労」をする必要はありません。

しかし、効率的にこなす方法がわからなかったり、ノウハウが本当に正しいかどうか判断がつかないのであれば、判断基準を身につけるために物量をこなすことは大切になります。

つまり、「若いうちの苦労は買ってでもしろ」は「効率的にこなす方法がわからない」という局面において正しい方法となりえるのです。

ビジネスクリエイター、インキュベーター、アクセラレーター、コンサルタント。エンジニアとして、PHP/HTML/CSSのマークアップ言語によるWebサイトの制作、SEOエンジニアリング、アクセス解析アナリストを経験した後、IT領域の技術/潮流をベースとしたエスタブリッシュ企業向けのコンサルタントを経て、複数のIT企業にて、Web/アプリ系、O2O系、IPライツ系の新規事業立ち上げに注力。事業開発から経営企画業務まで、事業および会社立ち上げに関する業務を幅広く経験。また、シードフェーズのベンチャー複数社の立ち上げへの参画や経営戦略・組織戦略・PR戦略へのアドバイザリー、メンター、複数のアクセラレーションプログラムのメンターも手がける。

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