熱いパッションを持つことがなによりも大切

最近、スタートアップのメンタリングでよく、「事業はWHYから始めることが大切で、まずはそれを言語化しよう」という話をしている。

事業を成功させるために、UXを意識してユーザに利用してもらうために、チームメンバーを惹きつけるために、すべてにおいてそのベースにはWHYが位置付けられていることが大切だ。

しかしながら、WHYというのは、考えを整理するためのフレームワークである。もっとも大切なことは、WHYとして言語化する前の、熱い熱いパッションを持つことである。

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パッションなきWHYに意味はない

WHYはあくまでフレームワークであるから、世界をどう変えたいか、について、思っていないことを美しく着飾ることに何の意味もない。それは「言語化」ではない。テクニックでしかない。

テクニックで本音では思ってもいないことを文字に起こしたところで、そこに熱はこもらない。当然、周りの人を惹きつけることなど不可能だ。ユーザやチームメンバーはそこまで馬鹿ではない。

WHYはあくまで、心の底から熱く熱く思い描いているパッションでなければならない。その熱い思いを言語化したものがWHYなのである。美しくある必要はない。泥臭くてもまわりくどい表現でもいいから、自分のパッションを強く思い描き、そしてそれを言葉にすることこそが大事なのである。

熱いパッションを持とう

そもそも、熱いパッションを持っているだろうか。

サラリーマンであればあるほど、このパッションからはかけ離れてしまってはいないだろうか。

または、ある程度経験を積んだ大人なスタートアップは、テクニックで事業をある程度スケールさせてしまうことができてしまって、このパッションを持っていないこともある。

パッションは自身を奮い立たせるために必要である。困難にぶち当たったとき、パッションこそがその壁を乗り越えさせる原動力になる。どんなに高い壁であっても、高く掲げた目標への熱いパッションを持つ人なら誰しも、どんな努力でも厭わないはずだ。

パッションは周りを巻き込むために必要である。自身にメリットがなければ人は動かない。しかしながら、熱い思いで突き動かされている人が目の前にいて、そのパッションに共感した時(もしくは、その人の思う強さに共感した時)、メリットがなくても人は動かされてしまうものである。

パッションを高らかに叫ぼう

パッションは頭のなかで思い描いているだけでは誰にも伝わらない。だからこそ、WHYというフレームワークを用いて、言語化する必要がある。

そして、言語化したら、まずは半径5mでもいいから伝えていこう。最初は伝わらないかもしれない。理解されないかもしれない。それでも継続して伝えて続けていくことが大切だ。

いつしか、人伝てでも、自分とは遠く離れた人に伝わるだろう。そして、それに共感してくれる人はいずれ現れる。それがパートナーかもしれないし、協力者かもしれないし、賛同者かもしれない。

人は一人でできることは限られる。スタートアップだけではない。サラリーマンであっても、何かを実現するためにはパートナーや協力者、賛同者が必要だ。

まず自身が何があっても挫けないために。そして、協力者を募るために。パッションをしっかり持ち、言語化し、高らかに叫ぶことが大切だ。

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