人財の成長の主体性は会社にあるか、個人にあるか 〜中規模組織が人材育成で陥りがちなワナ

経営の三要素とは「ヒト・モノ・カネ」という組織運営に必要なものをさす。
近年は、これに、「技術」「情報」を加えるべきだ、という意見もある。

どれももちろん非常に大切なものであり、なにひとつ欠かすことはできないものだ。
しかし、あえて優先順位をつけるとしたら、ぼくは真っ先に「ヒト」であると最近考えるに至った。

その理由は端的で、経営者自らの努力によってその価値を最大化できるのは「ヒト」だけだからだ。
人材採用、人材育成、組織構造、組織運営など、様々な方法によってその価値を最大化できる。

この価値を最大化するときにもっとも難しく苦労するのは「人材育成」だとおもう。
このときの「成長の主体性」について、今日は記してみる。

人財の成長の主体性のありかた

スタッフを成長させようとするとき、その主体性はどこにあるのだろうか。
すなわち「スタッフが成長する」のか、「会社がスタッフを成長させるのか」だ。

これは一概にどちらがいいか、悪いか、という話ではなく、会社の規模や文化による差異だ。

エスタブリッシュ系企業では、人財の成長の主体性が「会社」にある

たとえば「電通マン」という言葉に代表されるように、エスタブリッシュ系の企業では、人財の成長の主体性は「会社」という傾向が強い。

新卒一括採用ののち、会社の文化のなかでのあるべき姿としての「◯◯マン」になるべく、人材配置や人事異動制度などを設け、会社側がその人材の成長をリードする。

会社がなってほしい人材像を描き、そこに向けて「育てる」のである。

会社組織にとって、望ましい人材を集められ、体育会系組織としては非常に機動力を発揮できる。
反面、人材としての多様性に乏しくなり、また、育成した人物そのものが井の中の蛙的人材に育ってしまう可能性が高い。

中規模組織では、人財の成長の主体性は「スタッフ」自身にある

中規模組織では、人材育成に対する制度がまだ確立していない。
会社文化といえるものはあるが、明文化はされておらず、どうすればそれが体現するかの共通認識もない。
ゆえに、「◯◯マン」というような、その会社におけるあるべき姿も、ぼんやりとしている。

このときには、マネージメントも人材育成への意識が薄い可能性がある。
とくにリーダー層は、自身をプロジェクトリーダーとして捉えており、人事的側面のマネージャーは自分の仕事ではないとおもっている。(はっきり確信して「おもっている」というよりも、そういう職域を知らない、が正しい表現だが)

そのとき、スタッフはどのように成長するのだろうか。
スタッフが自ら「成長への意識」をもち、行動することにより、自ら「育つ」のだ。

すべてのことを自らの成長機会ととらえ、物事に対するポジティブな面もネガティブな面も吸収する。
そういう人材こそがこういう中規模クラスの企業にはもっとも必要で、そういう人材こそがどんどん成長していく。

中規模組織に所属している若いメンバーや経験の少ないメンバーには、会社やマネージャーが「育ててくれる」と勘違いしていたり、そもそも「成長に対する意識」が低かったりするケースがありがちだ。
まずは、この「成長の主体性」について、意識してもらう、というところから始めないと、新しいメソッドを導入しても、オペレーションルールを確立しても、課題図書を課しても、イベントへの出席を促しても、なにをしても成長などしない。

小規模ベンチャー企業は、会社の成長とスタッフの成長はイコールである

本稿の文脈からは少し外れるが、小規模のシードステージ、アーリーステージのベンチャー企業の場合はどうだろうか。

ここには「成長意欲」にあふれた社員しかいない。
会社側に「人材育成」の意識などなくとも、勝手に成長する社員ばかりだ。

逆をいえば、その社員の成長の幅が、会社の成長へ直結する。
また、会社が成長し、ステージが変わるにつれ、見れる景色が変わり、その都度、そういった社員は成長していく。

中規模組織の「人材育成」に陥りがちなワナ

ベンチャーから成長した中規模組織がもっとも、人材育成ができない状況に陥りがちだ。

会社の成長とともに人材が成長している様をありありと見ているため、経営者やマネージャー層に「人材育成」の意識はない。
人材は勝手に成長すると思い込んでいる。

しかしながら、中規模組織になってからはいってきたメンバーは、「成長に対する意識」が低いメンバーも当然はいってくる。
組織が拡大すればするほど、その比率は高まってくる。

ここで、マネージャーとあとからはいってきたメンバーに乖離がでてくる。「成長の主体性」についての乖離だ。

マネージャーは自らのタスクにおわれながら「部下が仕事ができない」「できないから仕事をふれない」と嘆く。
スタッフは「上司が自分の成長について意識をもたない」「マネージャーとして信頼できない」と嘆く。

会社が制度としての人材育成を確立できるステージではない。だからこそ、マネージャーも人材育成にかける時間がつくれるわけではない。
誰が悪いわけでもないのに、みんながみんな誰かを批判するという悪いループになってしまっているのだ。

人財の成長の主体性は、個人にある。組織規模に限らず。

まず大前提として、マネージャーもスタッフも「成長の主体性はスタッフ自身にある」ということをしっかり合意すべきだ。
会社がどのステージであっても、だ。

スタッフは、自らの成長を自らが担っているという意識に立てば、大企業にいても井の中の蛙にならず幅広い見識を持てるし、中規模組織であっても成長を阻害される理由はない。

マネージャーは、それを認識したうえで、スタッフがどのように育つべきか、に意識をもちながら、日々のマネージメントに注力すべきだ。成長の主体性がスタッフにあるからといって、マネージメントを放棄していいこととはイコールではない。しっかりと、日々のプレイングのなかで、スタッフの成長に寄与していくべきである。

これについては、また別の機会に記すことにする。