自分を客観的に見ることが、なぜこれほど難しいのか
人間は、自分を正確に見ることができない。
これは、意志の弱さや努力の不足ではない。構造的な問題だ。自分自身を見るための目は、自分自身のなかにあるため、自分自身を外から見ることが原理的にできない。
この盲点は、気づかないうちに判断を歪める。
主観の檻
自分では賢い判断をしていると思っている。自分では正しい方向に進んでいると思っている。自分では十分に努力していると思っている。
しかし、それらの判断はすべて、自分自身の主観によってなされている。 そして主観は、自分に都合のいい方向に歪む傾向がある。
成功すれば、「自分の実力だ」と思いやすい。失敗すれば、「環境が悪かった」と思いやすい。自分のやり方が的外れであっても、自分にはそう見えない。的外れなやり方をしている人間にとって、そのやり方は的を射ているように感じられるのだから。
この主観の檻から抜け出す方法は、一つしかない。外部からの視線を取り入れることだ。
フィードバックという鏡
他者からのフィードバックは、鏡のようなものだ。
自分では見えない部分を映し出す。自分では気づかない癖、自分では認識できない強みと弱み。フィードバックは、主観が作り出す自己像と、他者から見た実像のあいだのズレを教えてくれる。
このズレの認識が、成長の出発点になる。ズレがあることを知らなければ、修正のしようがない。修正しなければ、同じ過ちを繰り返す。
自分が「賢い失敗」をしていると思っていても、他者から見れば「愚かな失敗」をしているかもしれない。 その可能性を認めることが、フィードバックを受け入れる第一歩だ。
フィードバックを得る条件
フィードバックは、黙っていても得られるものではない。
フィードバックを得るためには、まず自分から何かを出す必要がある。 考えを表明する。作品を見せる。行動を起こす。何かを外に出さなければ、他者が反応するものがない。
そして、出す量が多いほど、得られるフィードバックも多い。一つの作品に対して得られるフィードバックは限定的だが、十の作品に対しては、十倍のフィードバックの機会がある。
大量に出し、大量にフィードバックを受ける。 この循環のなかで、主観と実像のズレが徐々に修正されていく。
年齢とフィードバック
年齢を重ねるにつれ、フィードバックを受ける機会は減っていく。
地位が上がれば、率直に意見を言ってくれる人間は少なくなる。経験が増えれば、他者の意見を聞く姿勢が鈍くなる。気がつけば、自分の主観だけで判断を下す状態に陥っている。
これは危険だ。主観は年齢とともに固定化する。固定化した主観は、変化する現実との乖離を広げる。乖離が広がれば、判断の精度は下がる。
年齢を重ねた人間こそ、意識的にフィードバックを求める必要がある。 そのためには、フィードバックを受ける環境を、自ら設計しなければならない。
自分を正確に見ることは難しい。しかし、その難しさを認識し、外部の視線を積極的に取り入れることで、盲点は少しずつ小さくなる。完全に客観的になることはできなくても、主観の歪みを自覚し続けることはできる。