選んだ道を、正解にする

人生において、「正しい選択」をし続けることは不可能だ。

なぜなら、選択の結果は、選んだ時点では分からないからだ。正しかったかどうかは、結果が出て初めて分かる。そして、結果が出る頃には、すでに次の選択を迫られている。

「正解を選ぶ」ことに執着すると、選べなくなる。 どちらが正しいか分からないから、動けなくなる。あるいは、誰かに正解を教えてもらおうとして、他者の判断に依存する。

しかし、もう一つの方法がある。

正解にする、という発想

選んだ道が正解かどうかは、選んだ時点では分からない。

しかし、選んだ道を「正解にする」ことはできる。 選択自体の正しさではなく、選択の後の行動によって、結果を変えることができる。

間違った選択をしたかもしれない。しかし、その選択から学び、次の行動を修正し、最終的に良い結果に辿り着いたなら、振り返ったとき、あの選択は必要な通過点だったと言える。

人生を後悔しない方法は、正しい選択をすることではない。選んだ選択を正解にすることだ。

他者の正解は、自分の正解ではない

成功した人間のやり方を真似れば、成功できる——この信仰は根強い。

しかし、成功は再現性が低い。ある人間に効いた方法が、別の人間にも効くとは限らない。なぜなら、出発点が違い、環境が違い、持っているものが違うからだ。

ファーストドアから正面突破する人がいる。VIP入口を見つける人がいる。裏口を自分で作る人がいる。どの道が「正解」かは、その人間の特性と状況によって全く異なる。

他者の正解を自分の正解だと思い込むことほど、危険なことはない。 それは、他者の人生を歩くことであり、自分の人生を放棄することだ。

失敗との向き合い方

選んだ道がうまくいかないことは、必ずある。

そのとき、二つの態度がある。「選択が間違っていた」と後悔するか、「この経験を次にどう活かすか」と考えるか。

後悔は、過去に向いたエネルギーだ。変えられない過去に対してエネルギーを費やしても、何も生まれない。同じエネルギーを未来に向ければ、失敗は「学び」に変わる。

失敗から学ぶとは、失敗を美化することではない。失敗は失敗だ。痛いし、悔しい。しかし、その痛みと悔しさのなかに、次の行動を改善するための情報が含まれている。その情報を抽出できるかどうかが、失敗を無駄にするかどうかを決める。

自分の足で歩く

結局、人生を歩くのは自分の足だけだ。

他者にアドバイスをもらうことはできる。他者の経験から学ぶこともできる。しかし、実際に一歩を踏み出すのは、常に自分自身だ。 その一歩の方向を決めるのも、自分自身だ。

他者の意見に惑わされず、常識に縛られず、過去の失敗に足を取られず。自分が見ている方向に、自分のペースで、一歩ずつ進む。

選んだ道が正解かどうかは、歩いた後にしか分からない。 だから、正解かどうかを気にするのではなく、歩くことに集中する。歩き続けた先に、振り返って「これが正解だった」と言える景色が広がっている。

自分の人生は、自分の足で歩くしかない。そして、自分の足で歩いた道だけが、本当の意味で自分の道になる。