努力には、正しい努力と無駄な努力がある
努力は美徳とされる。
しかし、努力しているという事実だけでは、何も保証されない。 努力が報われるかどうかは、努力の方向が正しいかどうかに依存する。
二種類の努力
努力には、二種類ある。
一つは、目標に近づく努力。もう一つは、目標に近づかない努力。前者は「正しい努力」であり、後者は、残酷な言い方をすれば、「無駄な努力」だ。
問題は、努力している本人には、自分の努力がどちらに属するかが分かりにくいことだ。努力している最中は、「これだけ頑張っているのだから、きっと報われる」と思いたい。しかし、方向が間違っていれば、どれだけ頑張っても、目的地に近づくことはない。
北に向かうべきときに南に全力疾走しても、目的地からは遠ざかるだけだ。走る速度をどれだけ上げても、方向が逆なら意味がない。
方向を定める
正しい努力をするためには、まず方向を定める必要がある。
方向を定めるとは、目標を明確にし、その目標に到達するために何が必要かを分析することだ。分析なしの努力は、暗闇のなかで手を振り回しているのと同じだ。
たとえば、ただバットを振り続ける素振りと、特定の状況を想定して振る素振りでは、同じ動作でも得られるものが全く違う。前者は身体を動かしているだけだ。後者は、思考と身体を同時に鍛えている。
努力の量ではなく、努力の質を決定するのは、その努力が目標とどう繋がっているかの明確さだ。
因数分解する力
大きな目標は、そのまま眺めていても、どう近づけばいいか分からない。
だから、分解する必要がある。大きな目標を、小さな構成要素に因数分解し、それぞれの要素に対して具体的な行動を設定する。 これが、正しい努力の設計だ。
プロの音楽家を目指す人間が、ただ楽器を弾き続けるだけでは足りない。音楽理論の理解、技術の習得、表現力の向上、演奏の機会の確保——目標を構成するこれらの要素を認識し、それぞれに対して的確な行動をとる必要がある。
因数分解ができれば、次に何をすべきかが見える。 次にすべきことが見えれば、努力の方向が定まる。方向が定まれば、一歩一歩が着実に目標に近づく。
努力の検証
さらに重要なのは、努力の方向を定期的に検証することだ。
最初に設定した方向が、常に正しいとは限らない。環境が変わることもある。新しい情報が入ることもある。だから、定期的に立ち止まり、今の努力が目標に向かっているかどうかを確認する必要がある。
これは、努力を止めることではない。方向を微調整することだ。航海において、常に舵を修正しながら進むのと同じだ。
努力の量を増やすことよりも、努力の方向を正すことのほうが、結果に対する影響は遥かに大きい。 正しい方向への小さな一歩は、間違った方向への大きな一歩よりも、目標に近い。
努力すること自体は、間違いなく尊い。しかし、尊さだけでは結果は出ない。尊い努力を、正しい方向に向けること。 それが、努力を成果に変える唯一の方法だ。