経験は、積み上げるより掛け合わせたほうが強い

一つの道を三十年歩いた人間と、十の道をそれぞれ三年ずつ歩いた人間。

どちらが強いか。この問いに対する答えは、時代によって変わる。そして、今の時代は、後者に有利な構造になりつつある。

深さの限界

一つの分野を極めることには、確かに価値がある。

しかし、一つの分野で一万人に一人の存在になるためには、膨大な時間と、適性と、運が必要だ。そして、仮にその高みに到達したとしても、その分野自体が陳腐化するリスクがある。

変化の速い時代において、三十年前に価値があった専門性が、今も同じ価値を持つとは限らない。技術は進歩し、市場は変化し、社会の構造は変わる。一つの分野に賭けるということは、その分野の未来に全てを賭けるということだ。

これはギャンブルに近い。しかも、結果が出るまでに数十年かかるギャンブルだ。

掛け算の力

別の方法がある。

百人に一人の能力を、三つの分野で持つこと。百分の一の三乗は、百万分の一だ。三つの「そこそこ」を掛け合わせるだけで、一つの「極み」と同等の希少性に到達できる。

しかも、この掛け合わせには、単独の専門性にはない利点がある。三つの分野の交差点には、ほぼ誰もいない。 一つの分野の頂点には競合者がひしめいているが、独自の組み合わせを持つ人間は、ほとんど存在しない。

この「交差点の独自性」こそが、掛け算の真の力だ。

知識と経験の違い

ただし、掛け合わせるものは「知識」ではなく「経験」でなければならない。

知識は、調べれば手に入る。書籍を読めば、インターネットを検索すれば、他者に聞けば、知識は得られる。しかし、知識だけでは掛け算は機能しない。

掛け算が機能するためには、身体で通過した経験が必要だ。実際にやってみて、失敗して、学んで、体得した能力。この種の経験だけが、他の分野の経験と化学反応を起こす。

知識同士の掛け算は、誰でもできる。しかし、経験同士の掛け算は、その経験を持つ人間にしかできない。だから、経験の掛け算は、唯一無二の独自性を生む。

好奇心が掛け算を生む

掛け合わせる経験を増やすためには、自分の今いる場所から離れた領域に足を踏み入れる必要がある。

そのための原動力が、好奇心だ。

好奇心は、未知の領域への恐怖を和らげる。「面白そうだ」という感覚が、「分からないから怖い」という感覚を上回ったとき、人は新しい領域に踏み出す。

しかも、今いる場所から遠い領域であればあるほど、掛け合わせたときの独自性は高くなる。料理の経験と接客の経験の掛け算より、料理の経験と物理学の経験の掛け算のほうが、生み出されるものは独自的だ。

好奇心に従って、自分から遠い場所へ行くこと。そこで経験を積むこと。そして、その経験を既存の経験と掛け合わせること。この循環が、誰にも真似できない独自の存在を生み出す。