なぜ能力の低い人ほど自分を「過大評価」するのか

どんな組織をマネージメントしていても、自己評価の高い人間の育成に苦労した経験は誰しもあると思う。

能力が高く自己評価の高い人間はまだいい。例えば、無理難題を押し付けてみれば、彼はそれを達成できない自分など存在しえないのだから、クリアするために猛烈に働き、成長していく。

問題なのは、能力が低く自己評価の高い人間の方である。何を言っても、どう伝えても、自分の考えていることが正しいと信じ込み、成長はおろか、改善も見られない。

そして、能力が低い人間であればあるほど、自分を「過大評価」する傾向があり、成長可能性が低いのだ。

能力が低い人たちは、なぜ自分を過大評価するのか

能力の低い人は、自分を客観的に正しく評価できない

能力の低い人は、自分を客観的にみることができない。あくまで主観的にしか見れない。今の自分がどう良くて、どう悪くて、ということを自分の今持っている価値観でしか判断できない。

だから、あるべき姿の定義も自分の中にしかなくて、そことマッチしている自分は優れていると考える。全てが自分を基準にした絶対評価なのだ。

能力の低い人は、他人をも主観的に評価する(ので正しく評価できない)

能力が低い人は、自分より高い評価を得ている人を見たとき、自身が不当に低く評価されているか、その人がえこひいきを受けていると感じる。他人も自分の絶対的な基準でしか、主観的にしか評価しない。

本来、企業によって、また環境によって優秀さの基準は変わるものだが、能力が低い人はそれが理解できない。

そのために、自身が目指すべきあるべき姿を今ある環境の中できちんとリバイスし続け、自身を変容させることができない。最終的な目標を変容させられないのだから、当然、今現在を変えることもできない。

能力の低い人は、他者の意見を聞き入れない

自分が絶対的な基準だから、他人の意見は、自分の基準に沿うものしか聞きいれることができない。他者からの悪い評価を一切聞かず、受け入れることができない。

自らの基準にこそ正当性があり、それを批判するのは不当だとすら思っている。

だから、自分の基準にマッチしない評価を上司に下されたとき、確実に揉める。そして落とし所はない。

能力の低い人は、成長できない

結局のところ、自分自身の基準を変えることができないのだから、当然成長に繋がる余地はない。全くもってない。

これまでのキャリアで評価されたことがあると言い張る人も中にはいるが、それはおそらく、企業においての基準と、自身の絶対的な基準が、たまたまマッチしたからであって、それがいつまでも不変なものではない、ということを理解しないといけないのだが、できない。

どうすれば変容を促すことができるのか

自身の絶対的な基準を持っているので、仮にこの記事を偶然に目にしたところで、当人はこれに該当するとは思いもよらない。むしろ、こういう人いるよね、ぐらいに感じる。

どうすれば、変容を促すことができるのか。「能力が低い」と定義しているが、これはあくまで現状についてであって、変容さえ促せば、強い人材になる可能性はもちろんある。

なぜならば、「自己評価が高い」人は「プライド」が高い。自分の能力が低いと自身をしっかり評価することさえできれば、プライドからその状況に耐えられず、自分の能力を高めるための努力をする方向に転ぶ可能性がある。

そのためには、
(1) 根気強く、失敗を許容しながらも、今の能力では圧倒的に解決不能な課題を与え続け、
(2) 根気強く、今の評価を伝え、仕事のフィードバックし、
(3) あとは、根気強く待つ
しかない。根気強くやるしかない。

もしくは、活きるポジションへ配置転換するか、諦めるか、だ。

Featured Image: Donkeys / aguichard