日本人は情報に金を払わない

情報にお金を出すことは大切なことです。
日本人には、情報にコストをかけるという概念が欠けていると思います。
モノには対価を払うのに、情報は対価を払うほどのものではないと考えているのではないでしょうか。

Webサイトの数は増加し、インターネットの利用者もどんどん増えています。フリーペーパーが流行し、発行数・媒体数ともに増加しています。その反面、新聞や雑誌、書籍の販売数が年々低下し続けています。

この状況に恐怖を感じるのは私だけでしょうか?

なぜ、情報にお金を出すことが大切なのかという話の前に、情報という言葉について触れてみます。
情報という言葉の歴史はそう古くはありません。

1876年出版の訳書『佛國歩兵陣中要務實地演習軌典』において、仏語のrenseignementの訳語として「敵情を報知する」から、情報という語が生まれたと言われています。つまり、もともとは軍事用語であるわけです。

今日、情報は戦争において大切な要因であり、日々、各国の首脳間でも情報戦が繰り広げられていることは、毎日のニュースで見ることができます。この情報戦が主流になってきたのは大東亜戦争と言われることがあります。

しかし、このときからすでに日本人の情報への関心の欠如が見て取れます。というよりも、情報というものが大切だという意識があまりなく、その活用法に疑問が感じられる点が多々あります。
詳しく語ることはここでは避けますが、当時を分析する文献を読めば、日本の敗戦の要因のひとつとして挙げているものも見受けられるでしょう。

大東亜戦争後、情報という言葉は一般にも広まっていき、軍事用語から一般的な用語として広まっていくようになりました。そして、高度情報化社会を迎え、一般用語として定着したと言えるでしょう。

では、何故、情報にお金を出すことが大切なのでしょうか。

無料でできることなどはたかがしれています。無料で提供されていたとしても、提供する側は何らかのコストを払う必要があり、そのコストは他の何らかの方法で補填されているはずです。

無料もしくは格安の媒体は、スポンサーによる広告料によってそのコストを補填し、利益を出しています。もうお分かりでしょう。スポンサーがついているということは、そこが既にその媒体の癌となっているということです。生殺与奪権を他者に握られているも同然なのです。

そうなってしまうと、その媒体には恣意的な操作が入ることは当然のことで、情報操作がなされた後に、消費者の元に届いているのです。自分が期待している情報ではない可能性が非常に高い。スポンサーにとって都合のいい情報でしかない。

フリーペーパーはもちろんのこと、テレビも新聞も雑誌も、今の日本のメディアのほとんどは、そうした恣意的な操作を受けた情報ばかりです。そうした情報しかないと言っても過言ではありません。

そうした情報を鵜呑みにすることほど怖いことはありません。知らず知らずのうちに、情報操作されている可能性があるということです。

「タダより怖いものはない」という言葉は、まさにこの状況を表していますね。タダだからといって、利用することがいいこととは限らないということです。

情報に応じて、それ相応のコストを対価として、その情報を必要とする人すべてが支払うようになれば、恣意的な情報操作を行うスポンサーが必要ではなくなり、あなたが必要とする情報を、求める形で得ることができるようになるでしょう。

最後に、John Zetter氏の言葉を紹介します。

The information you have is not the information you want.
The information you want is not the information you need.
The information you need is not the information you can obtain.
The information you can obtain cost more than you want to pay.

あなたが持っている情報はあなたが欲しい情報ではありません。
あなたが欲しい情報はあなたが必要とする情報ではありません。
あなたが必要とする情報はあなたが得ることができる情報ではありません。
あなたが得ることができる情報は、あなたが思う以上にコストがかかります。